プラスト〜plastic stone

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人生の墓場と論理的すぎる男性や感情の可能性について

人間というのは感情とコンパス代わりの論理、あとは生き残ろうとする本能と子孫を残そうとする遺伝子程度で構成されている、というひとまずの結論が出た。

以前、そんなに頭が良くなさそうな(大学受験とか勉強とか数学とかそういう面で弱そうな)大学生の女の子と話していて、確かに論理とかはめちゃくちゃなんだけど、周囲の人間に対する人間観察はなかなかいい線いってるな、って感じの子がいた(他者への性格面でのアドバイスも的確だったし。)。別口で、頭良くない女の子とよく付き合ってる男性からも、女の子側は案外自分のことをよくわかってる(頭が良くないとかそのあたり)らしいという話を聞いた。

男性は論理で女性は感情だというのはよく聞く話だけども、感情というのはすごくダイレクトだと思うから、論理で割り切れないことも多々ある。

論理で物事を見ることは大切なんだけど、案外感情とかカンとか、そういうものが使えたりする面は多々あって、その可能性を捨てたくないから、女性性は大事だと思ってるし、利用したいとも思う。
論理的であることを尊びすぎて本質を見失ってる人も多いし、合理的すぎてたまにすごく不幸そうな人も見かける。コスパ厨とかそういうのもその一種かもしれない。
幸せや生活への満足感というものは過去のある生活ラインから測るものだと思うんだけど、自分の場合は過去が意味不明すぎてちょっとカウントできないから、かわりに自分の価値そのものを、それこそ論理的に、感情的に捉えようとして、うまくいかない。論理的だと、おそらくそこそこの値段がつきそうだという気がする。学歴やら仕事やらを計算に入れると。一方感情としては、周囲の優秀な人材に比べて(一般人すぎて)無価値という答えが出た。これは過去にされてきた周囲からの自分の扱いをベースにしているからこうなるのだと思う。

うーんやる気がでない。やる気を出すべきなのはもっと若い頃、学生時代だと認識しているから。今からでも遅くないというのは論理、もうなにもしたくない、誰とも競争して負けたくないというのは感情だから、本当なら論理を優先すべきなのはわかるけど、もうこれ以上自分をいじめたくないから感情のおもむくままにしてる。

銀英伝で確かヤンウェンリーが、可能なら遠く離れた地でいろんなことに巻き込まれずに歴史を見ていたいみたいなことを言ってたはずなんだけど、そういうのって憧れると同時にまだ現世に未練があるからそこまで振り切れない。

すごい人、成功している人を何人も見てきたけれど、本当に美しいと思える人はなかなかいない。いや、みんな輝いてるんだけど。才能と努力の輝きみたいなのがあるんだけど。芸術的な?容姿?面でも完璧という人は本当少ない。女性ならいなくもないけれど、男性は少ない。だから余生は交際相手の美を尊ぶだけの人生がいいなあと思う。
ただ自分の価値とやらにはしばらく目をつむって歩かなければいけない、それはもうどうしようもない問題だからだ。